絶対に忘れてはいけない人

2017年、明けましておめでとうございます。
この拙いコラムをご愛読いただき感謝しております。本年もよろしくお願い申し上げます。

昨年は英国のEU離脱、米国大統領選挙でトランプ氏が勝利、欧州各地でテロの頻発、パク・クネ韓国大統領のスキャンダルなど激動の2016年でしたが、今年は少しは明るい年になって欲しいと願っております。

さて、昨年11月22日、福島沖で東日本大震災の余震といわれるM7.4の地震が発生し、東北地方で震度5弱の揺れを観測しました。
幸い、陸上では揺れによる大きな被害は報告されていませんが、仙台港には1.4メートルの津波が押し寄せ、カキの養殖用筏や魚の養殖用の網が流されたりの被害が出たとの報道です。

2011年3月11日、東北や関東の沿岸に壊滅的な被害をもたらしたあの東日本大震災から5年9か月。未だに被災地は復旧していなのに、徐々に一般の人々の記憶から消えかかっていた矢先の出来事、常に自然災害の脅威を忘れず、それに対する準備を怠らないようにという天からの警告かも知れません。

それよりも、日本人として絶対に忘れてはいけないことがあります。東日本大震災の際、ポケットマネーから10億円もの義捐金を寄付してくださった台湾の方がいらっしゃったということを。

その方は、台湾の大企業、エバーグリーン・グループの張 栄発総裁です。残念なことに張総裁は、昨年の1月心不全で88歳の生涯を閉じられましたが、日本のほとんどのマスコミはこのような恩人の他界を報じていないのです。

死去の報道だけではなく、東日本大震災の際、外国人である張総裁が個人的に10億円もの寄付をしていただいた事実を何人の日本人が知っているのでしょうか?

「陰徳」をモットーとしていて、義捐金を公にしていない日本人もいるのかも知れませんが、個人的に10億円もの義捐金を寄付した日本人がいるとは残念ながらマスコミ上では全く報道されていません。
ただ、日本政府は、個人的に10億円のご支援をいただいたことに感謝し、2012年の春の叙勲の際、旭日重光章を張総裁にお贈りしています

張総裁は、個人的に10億円を寄付しただけでなく、地震発生後ただちにエバーグリーン・グループ傘下の海運、航空会社に対し、台湾の救援物資を無償で運ぶよう指示したばかりか、各国政府や国際救援組織の救援物資も、被災地まで無償で運ぶよう指示しているのです。

張総裁は、日本の統治時代の1927年に台湾北東部の漁業都市・蘇澳の生まれ、日本語を話す「国語家庭」で育ちました。のちに台湾北部最大の港湾都市・基隆に移り、南日本汽船に入社、そして15年間の船員および船長生活を経験し、1968年、一隻の中古貨物船を購入し、長栄海運(エバグリーン・マリン)を設立、海運事業を開始しました。

1989年には台湾初の民間航空会社エバー(長栄)航空を立ち上げ、台湾最大手の運輸企業グループに一代で育て上げました。
その後もホテルや保険事業にも参入し、幅広く事業を展開、グループ全体の年間売上は日本円で一兆円以上といわれています。

事業家として成功した張総裁は、同時に社会貢献、文化事業、教育事業にも強い関心を持ち、1985年に張栄発基金会を設立、医療、教育、文化など社会への奉仕を続けられました。

台湾には「為善不欲人知」という言葉があります。「本当の善行は人に知られない」という意味ですが、張総裁は生前、自らの力をひけらかすようなことはなく、この10億円の義援金についても、自ら触れ回るようなことは一切しなかったといわれています。

また、親交のあった元全日本空輸の池本台北支店長によれば、張総裁は「自分の原点は日本にある」と公言し、「自身の気概は日本の統治時代に培われたものである」と語っていたそう  です。

そして、常に自らを律し謙虚さを失わない性格、恩義に厚く、一度でも世話になった人には決して感謝の気持ちを忘れないという性格、そして誰よりも勉強熱心だったという点も、日本人以上に日本人的な気質だったといわれています。

振り返って、現在の日本の経営者のなかに、このような素晴らしい人物の事業家は何人いるのでしょうか? と考えるだけでも寂しい限りです。

あらためて張総裁のご冥福をお祈り申し上げるとともに、私自身、これといったことは何もできませんが、せめて張総裁の爪の垢でも煎じて飲んで、感謝の気持ちだけでも忘れずに、この一年を過ごしていきたいと思います。

2016年12月27日
株式会社JAPAN・SIQ協会 代表取締役 金子 順一