「李下に冠を正さず」東京オリンピック・エンブレム問題

「瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず(かでんにくつをいれず、りかにかんむりをたださず)」

「瓜畑では靴が脱げても、瓜を盗むのかと疑われる恐れがあるので、かがんで靴を履き直すようなことはすべきではない。また、同様にスモモの木の下では曲がった冠を正すようなことはすべきではない」。

古楽府・君子行に収録されている詩の一部で、優れた人は事が起きる前にそれを予防し、あらぬ疑いを抱かれるような立場に身を置かないようにするという意味の戒めです。

(註) 楽府(がふ)とは、漢の武帝が民間の詩歌を収集するために設立した役所で、のちに収集された詩歌を指すようになりました。君子行はこのようにして収集された作者不詳の楽府詩の一部です。
(参考文献:故事ことわざ辞典、ニコニコ大百科)

2020年の東京オリンピックの新国立競技場の計画案が白紙撤回されたのに続き、佐野研二郎氏(43歳)がデザインしたエンブレムも、9月1日、五輪組織委員会が白紙撤回し再公募すると正式に発表しました。
選考発表当初より、ベルギーの劇場のロゴマークに似ている、模倣ではないかと指摘され、ベルギーのデザイナーは提訴も辞さないと強硬な態度で臨んでいました。

しかし、大会組織委員会は「模倣ではない」と主張し、選考過程の説明会見を8月28日に開きましたが、9月1日、突如 「使い続けることに理解が得られない」と取り止めの理由を説明し、再公募することになりました。

新国立競技場の建設問題に引き続き、エンブレムでも不祥事が起きたことに対し、ニューヨークタイムズや英国のBBCなど海外メディアでもこの問題を取り上げ、強く批判しています。日本国民として、本当に恥ずかしい限りです。

大会組織委員会が白紙撤回を決断した理由は、当初から指摘されていたベルギーの劇場のロゴの問題でけではなく、8月28日の記者会見で公表したデザインの原案も、2013年に東京都内で開かれた展覧会「ヤン・チヒョルト展」のポスターに類似しているとの指摘があったのに加えて、佐野氏が原案とともに提出したエンブレムの活用展開イメージの2点が、インターネットの個人サイトにあった羽田空港や渋谷駅前の画像を無断で流用していたことが発覚、本人も無断流用を認めたためです。

また、佐野氏のデザインしたエンブレムを選考した一つの理由として、大会組織委員会の武藤事務総長はエンブレムの活用展開がとくに素晴らしかったことを挙げていましたので、このような疑惑の事実が発覚した以上、大会組織委員会が白紙撤回を決断したのは、正しい判断だったと思います。

さらにサントリーが佐野氏の事務所に依頼した販売促進用トートバッグのデザインの8点が盗用または模倣であったことも事務所自身も認めて撤回しています。また、秋田県のうちわ組合のイベントポスターと佐野氏の依頼でコラボをした京扇の雑誌広告のデザインが類似していることも新たに指摘されました。

佐野氏のオリンピック・エンブレムが模倣であるか否かは定かではありません。しかし、佐野氏を個人攻撃する意図はありませんが、デザイナーとしての、事務所の経営者としての、そして社会人としての倫理意識が全く欠落しているとしか言いようがありません。

もしかすると、コピペをすることを悪いことだと何とも思わないそういう環境に身を置いていたのではと思えてしまいます。人間は自尊心、名誉欲、自己顕示欲、金銭欲、出世欲などが強いものです。STAP偽装で世間を騒がせた小保方氏、現在メディアを賑わしている東芝の偽装会計(東芝は不適切会計と呼んでいますが)問題も、すべて最後は人間の心や欲に帰着するものです。ですから、今回の佐野氏の盗用・模倣問題の根っこも彼の人間性にたどり着くのではないのでしょうか。

これだけ疑惑が持ち上がった状況ですから、大会組織委員会が白紙撤回したことは当然のことであり、良心の呵責からか、遅まきながら佐野氏自身から応募取り下げの申し出でがあったことだけが唯一の救いです。

一方、インターネット上で、心無い人間が耐えられないようなバッシングを佐野氏に浴びせているようですが、これだけは即刻辞めていただきたいと声を大にしてお願いします。

「瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず」の戒めの通り、一流のデザイナーであるならば、経営者という立場であるならば、仕事や働く意義を問い直し、盗用したのではないかなどと疑惑をもたれるような行為はしないよう、常日頃から襟を正して仕事に取り組まないと、このような落とし穴が待ち受けていることを、皆さんも認識していただければ幸いです。

前々回のコラムでお話ししたように「誰も見ていないと思っていても、お天道さまはいつも見ています」をお忘れなく。

2015年9月3日(どらえもん誕生日)  株式会社JAPAN・SIQ協会 代表取締役 金子 順一